เข้าสู่ระบบ馬具職人エドモン・ラウルは、逃げなかった。
それが最初の報告だった。 逃げなかったというより、逃げられなかったのかもしれない。 王都北西の職人街。 古い革と鉄と油の匂いが染みついた小さな作業場で、エドモンは騎士団を待っていたという。 妻と、十二歳の息子と、まだ幼い娘を奥の部屋へ下がらせ、自分だけが作業場の中央に座っていた。 手には、革を裁つための小刀。 ただし、抵抗するためではない。 仕事道具を持っていなければ、座っていられなかったのだろう。 騎士が名を呼ぶと、彼はこう言ったらしい。『ついに来たか』 その言葉を聞いたとき、セレスティアは自分の箱を開けたくなった。 だが、開けなかった。 今は箱に入れる前に、聞かなければならない。 書くのはその後でいい伯爵夫人が監査院へ送られてから、屋敷の中は少し静かになった。 嵐が去ったあとの静けさではない。 まだ遠くで雷が鳴っていることを、皆が知っている静けさだった。 白い花は証拠保管庫。 白に近い手紙も証拠保管庫。 青いリボンは布兎の耳。 偽物の青は布袋。 黄色い花は食卓。 それぞれの場所が決まった。 それだけで、ノエルは少し落ち着いたように見えた。 ただ、落ち着いたからといって元気になったわけではない。 朝食のスープを飲む手は遅い。 硬いパンは、皿の横に置いたまま。 犬のパンは机の下でのびている。 黄色い花は昨日より少しうつむいていたが、まだ花瓶の中にあった。「黄色い花は、今日もいます」 ノエルが言った。「ええ」 セレスティアは頷いた。「少し下を向いています」「昨日から食卓にいてくれたから、疲れたのかもしれないわね」「花も疲れますか」「たぶん」「水を替えますか」「替えましょう」 リュシアンが、すっと花瓶を持ち上げた。 手慣れてはいない。 けれど、昨日よりはましだった。 ノエルがすぐに言う。「伯父さま、傾いています」「傾いているか」「はい。こぼれます」 リュシアンは真剣に花瓶をまっすぐにした。「こうか」「はい」「花瓶係も慣れが必要だな」「伯父さまは、係がたくさんあります」「最近増えた」
逮捕状が出たのは、夜明け前だった。 まだ庭の輪郭も曖昧で、窓硝子の向こうが青とも灰色ともつかない色をしている時間。 セレスティアは書斎で報告を受けた。 レイモンド伯爵夫人に対する逮捕状。 容疑は、ミレイユ・レイモンドの事故偽装に関する指示、薬品取引および処方記録改竄への関与、ノエル名義信託財産の不正流用計画、御者および馬具職人への脅迫関与、リナ・グレイ監禁事件に関する共謀の疑い。 文字にすると長い。 長いということは、それだけ多くの人が傷つけられたということだ。 セレスティアは報告書を読み終え、しばらく指先で紙の端を押さえていた。 勝った、とは思わなかった。 終わった、とも思わなかった。 ただ、ようやくここまで来た、とは思った。「執行は」 リュシアンが低く問う。 彼は窓際に立っていた。 まだ暗い部屋の中で、黒い外套を羽織っている。 顔は、控えめに言って非常に怖い。 ノエルがいれば、間違いなく指摘しただろう。「早朝、王都西の滞在邸にて」 騎士団長が答える。「伯爵夫人は現在、後見局と監査院の監視下にありますが、正式な身柄拘束へ移ります」「抵抗の可能性は」「武力での抵抗は低いかと。ただし、言葉で周囲を動かす可能性があります」「それが一番面倒です」 セレスティアが言うと、騎士団長は深く頷いた。 武器を持った相手なら、剣を向ければいい。 逃げる相手なら、道を塞げばいい。 だが、伯爵夫人のような人間は、逃げながら立っているように見せる。 攻撃しながら泣いているように見せる。 人を動かしながら、自分は何もしていな
伯爵夫人からの手紙は、白い封筒ではなかった。 淡いクリーム色の封筒。 角は丸く、紙質は上等。 封蝋はレイモンド家のものだが、以前より少し薄く押されている。 弱った老婦人が最後に孫へ宛てた手紙。 そう見えるように、すべてが整えられていた。 セレスティアは、後見局の小会議室でその封筒を見た瞬間、胸の奥が重くなった。 白ではない。 だが、白に近い。 嘘の色を少しだけ温めたような色だ。 隣に座るリュシアンも、同じものを感じたのか、口元を硬くしている。 長官代理、監査官、記録官が同席していた。 ノエルはいない。 封筒は、ノエル本人へ直接渡される前に、後見人と後見局の立ち会いで開封する。 そう決めてある。 ノエルにも、今朝そのことを伝えた。「おばあさまから、手紙が届いています」 そう言うと、ノエルは朝食のスープを飲む手を止めた。「白い花の次ですか」「ええ」「手紙は、何色ですか」「クリーム色です」「白じゃない?」「白ではありません」「でも、白に近いですか」 セレスティアは少し迷って、頷いた。「近いです」 ノエルは布兎を膝の上で抱き直した。「では、白かもしれない手紙です」 それが、ノエルの判断だった。 白かもしれない手紙。 その言い方があまりに正確で、セレスティアは何も言えなかった。「わたしが読みますか」
馬具職人エドモン・ラウルは、逃げなかった。 それが最初の報告だった。 逃げなかったというより、逃げられなかったのかもしれない。 王都北西の職人街。 古い革と鉄と油の匂いが染みついた小さな作業場で、エドモンは騎士団を待っていたという。 妻と、十二歳の息子と、まだ幼い娘を奥の部屋へ下がらせ、自分だけが作業場の中央に座っていた。 手には、革を裁つための小刀。 ただし、抵抗するためではない。 仕事道具を持っていなければ、座っていられなかったのだろう。 騎士が名を呼ぶと、彼はこう言ったらしい。『ついに来たか』 その言葉を聞いたとき、セレスティアは自分の箱を開けたくなった。 だが、開けなかった。 今は箱に入れる前に、聞かなければならない。 書くのはその後でいい。 朝食の席で、ノエルは馬具職人のことを聞いた。「馬車を壊した人ですか」 小さな声だった。 卵には手をつけていない。 スープだけを少し飲んだ。 硬いパンは皿の横。 犬のパンは机の下で、妙におとなしい。 人間の空気が重い日は、犬も少しだけ静かになるのかもしれない。 あるいは、昨夜こっそり厨房で何かを食べて、眠いだけかもしれない。「まだ、壊したと決まったわけではありません」 セレスティアは言った。「でも、馬車に悪いことをしたかもしれない人ですか」「はい」「馬車の人は、馬を好きですか」 意外な問いだった。 リュシアンも少し目を動かす。「馬具職人ですから、馬に関わる仕事をしています」
白い聖母像の下に何かが隠されている。 その報告をノエルへ伝えるかどうかで、朝の書斎はまた少し重くなった。 セレスティアは自分の箱を机の端に置いたまま、昨夜の報告書を読み返していた。 軽い木箱。 鍵はない。 まだ業務用と言い張っているが、もう誰も信じていない。 少なくとも家令は信じていない。 昨夜、茶を運んできた若い侍女も、明らかに見ないふりをしていた。 つまり、見ていた。 リュシアンは窓際に立っている。 今朝の顔は、かなり硬い。 ノエル審査なら、おそらく「戻る顔ではありません」と言われるだろう。「顔」 セレスティアが言うと、リュシアンは振り向いた。「まだ何もしていない」「いえ、もう顔が危険です」「顔が危険」「はい」「どう直せばいい」「眉間を少し」 セレスティアは自分の眉間を指差した。 リュシアンは真剣に眉間の力を抜こうとした。 結果、非常に不自然な顔になった。「……戻してください」「駄目なのか」「別の意味で怖いです」「難しいな」「ええ。顔面管理は難しい業務です」「業務か」「閣下も箱を作りますか」「顔用か」「怒り用でも」 リュシアンは少し考えた。 冗談のつもりだったのに、本当に考えている。「検討する」「本当に?」「最近、紙に書くことの有用性を否定できなくなってきた」
アルベルト・レイモンドは、朝食を半分残した。 その報告を聞いたノエルは、少しだけ眉を寄せた。 小部屋の机の上には、三枚の紙が置かれている。『聞きたいこと』『聞きたくないこと』『まだ分からないこと』 最近のノエルは、何かを聞く前に、まずその三枚を見比べる。 聞いていいのか。 聞きたくないのか。 まだ決めなくていいのか。 大人の言葉をそのまま受け取るのではなく、自分の内側に置く場所を探すようになっていた。「お父さまは、半分」 ノエルは小さく繰り返した。「はい」 セレスティアは頷いた。「怒鳴りましたか」「怒鳴っていません」「質問には答えましたか」「今日は、これから答える予定です」「これから?」 ノエルの手が布兎を握る。 布兎の耳には、本物の青いリボンが結ばれている。 昨日、偽物の青いリボンが戻ったあと、ノエルは何度も本物と偽物を見比べた。 本物は布兎へ。 偽物は小さな布袋へ。 どちらも捨てない。 それがノエルの決めたことだった。「お父様は今日、レイモンド伯爵夫人と会います」 セレスティアが言うと、ノエルの顔が固まった。「おばあさまと?」「ええ」「お父さまは、怖がります」「そうね」「泣きますか」 聞いた瞬間、ノエルは自分で首を振った。「違います。聞きたくない紙です」 セレスティアは、静かに待った。







